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地球の未来?寒中お見舞い?

前記事が20日ですからね、一週間のご無沙汰でした。
インフルで寝ていたわけではありません。三ヶ月に一度の診療があったり、午前のバイトの年度更新の面接があったり(就活ですね、いい歳して受けましたが、あまり経験がないことなので新鮮なんですね、こんなことも)、その他手間暇かかることが例によっていろいろあるのです。

さて、今日のテーマですが・・・
このブログのタイトルは「日本の政治と地球の未来」となってます。
日本の政治については余りの体たらくで何度も何度も書いて来ました。最近少ないのは、選挙が近いですからね、論より票ですから、さてどうしよう?思案中です。

地球の未来については何にも書いたことがございません。思いを馳せていないことはないのですが、不透明なので(当たり前ですね、一寸先は闇とも言いますからね)書きあぐねていました。それが見えてきたというわけではありませんが、不透明さについてたまには触れておきたいと思います。

長くなりそうなので、今日はその予告編で終わりたいと思います。

日は延びてきましたが、まだまだ寒い日が続いていますね。みなさまお大事に過ごされますよう!

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国際単位を早期に導入するなら [教育関連]

前の記事で、国際単位への移行が学ぶ者を遠ざけていないかという趣旨のことを書きました。

熱量の単位でも同じことが起きています。それを書きますが、着地点が、実は少し変わりそうです。

熱量の単位と言えば、かつてはcal(カロリー)でした。
1cal は、水1gの温度を1度上昇させるのに必要な熱量とされていましたから大変わかりやすかった。

100gの水の温度を20度上げるには2000cal必要です。そんな計算だけでなくcalの使用で役に立ったったのは、水を凍らせる、あるいは逆に氷を融かすのに必要な熱量の理解です。

0℃の氷1gを融かして0℃の水にするには約80cal必要なのです。水の温度を1度上げるのに必要な熱量の80倍必要です。逆に凍るときにもそれだけの熱量が放出されます。これは融解熱ないし凝固熱として習いました。

水が沸騰して気体になるときには、1g当たり約539calの熱量が必要です。1度上げる熱量の539倍です。莫大でしょう?火事を消すときに消防自動車が盛んに水をかけていますが、この気化熱を利用しているんですね。

そんなことが印象深く頭に刻まれて、物理に興味を持つきっかけにもなりました。

ところが今はcal はなるべく使わないこととされています。理由としては、水の温度を1度上げる熱量は、厳密には、何度の水を1度上げるかによって微妙に違うことや、他の単位系と融合しにくいことなどがあるようです。

国際単位SIの熱量はJ(ジュール)です。
1Jは1Ν(約102g重)の力がその力の方向に物体を1m動かすときの仕事量で、1ボルトの電圧下で1アンペアの電流が1秒間流れたときに発生する熱量でもあります。定義は少しもややこしくないのですが、全然ピンとはきません。

熱量として実感できる水の温度変化につなげるには、水1gを1度上昇させるのに必要な、例のcalとの変換が必要です。
1Jは約0.24cal、1calは約4.2Jです。

そこで、氷の融解熱は約334J/g、気化熱は約2257J/gとなります。
どんどんピンと来なくなります。

ここでも理科に興味を持つ人を減らすことになりそうです。

大系的に正確に学習を進めることよりも、まずは身の回りの物の性質に興味を持つことが大事です。それをしないと、勉強を放棄する人が増え、物の性質を知らない人ばかりになってしまいます。

以上のことから
「中学段階では解りやすい単位で定量的に興味を持たせ、より正確な学習に移るのは高校段階にすべきではないか」
と主張するつもりでした。

ところがこれを書くにあたって色々調べているうちに、現代人が到達すべきレベルの高さを考えると、それでは遅いのかも知れないと思ってしまいました。

興味を持たせつつ早い段階で大系的な学習を進めるには、定量的に興味を持たせることを小学校の高学年に下げることが必要なのではないかと思い始めました。

これではまるで逆ですが、テレビでも多くのことが学べる時代に、小学校の低・中学年の学習のテンポが遅いのではないかと感じることが多々あることを思い起こすと、解決策はそこにあるのではないかと思います。

詰め込みではなく、日常の目に見えない量的なことに興味を持たせることを早い段階でやるべきではないかということです。

こんなことを思うと、今の六・三・三・四制を四・四・四・四制に組み替えた方が合理的なのではないかと、自論に確信を深めてしまいました。

小学校の6年は長過ぎ、中・高の3・3は進学対策もあり短か過ぎます。高校の学習はレベルも高く、理解すること、覚えることが多過ぎます。

時代に合った学制改革を、そろそろ本気で考えるべきではないかと思う次第です。

書き出したときと違う結論に達しましたが、皆さまのご感想はいかがでしょうか?
物理の単位について、ご興味ありましたらネットで調べてみてください。

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学ぶ者を遠ざけた?国際単位の導入 [教育関連]

前置きが長かったですが、理科離れの原因の一つになっているのではないかと指摘したいことは単純です。中学で教えている理科です。

理科は生物、地学、化学、物理と大きく4分野に分かれています。動植物を扱う生物は小学校ではフィールドワークもあり、昔より充実しているように思います。

化学は進歩してますからね、知識として教えることが増えました。増えすぎて消化不良になっているかも知れません、特に高校段階では。

気になっているのは物理の分野です。
質量と重さは違う概念であることが教えられます。

質量はご存知、グラムという単位で表されます。一方重さは、その質量の物体を支える力の大きさとして、かつてはグラムに重をつけてグラム重という単位で表していました。たとえば100gの物体があるとすると100gが質量で、100g重がそれを支える力の大きさということです。

重が何かということは高校で教えられました。
まず力を表す単位として、1kgの質量を持つ物体に1m/s²の加速度を生じさせる力を1N(ニュートン)とすることが教えられます。

地球の重力加速度がどれほどかというと、真空中の落下物が1秒につき約9.8m/sずつ速さを増すことから、約9.8m/s²であることを学びます。

そうすると、1kg重は約9.8Nと変換されることになります。

今は中学校段階からN(ニュートン)が登場します。つまり「重」は廃棄されました。

力の単位Nはどのように登場するかというと、1kg重は約9.8Nですからざっくり言えば10Nです。ということは1Nは100g重です。

このことから100gの物体を支える力の大きさ=1N
という関係で力の大きさを機械的に表すこととされます。

重力加速度も9.8という数字も登場しません。

これだけのことならそれほどの大問題=撹乱材料でもありませんが、力の大きさの次に圧力を習います。

圧力は単位面積にかかる力の大きさのことで、かつては1㎠ 当たり何g重の力がかかっているか、つまりg重/㎠ という単位で捉えていました。

今はN/㎡ 、つまり1㎡当たり何Nの力がかかっているかで捉えます。これが圧力の大きさを表す単位 Pa(パスカル)であることも教えられます。

「はあはあ、そうですか」という程度の話ですが、これが生徒に与えられる問題となると、例えば、底面が5㎝ × 10㎝、高さが8㎝の直方体の物体の質量が350gだとすると、底面の圧力の大きさは何Paか?となります。

かつての正解は350g重 ÷ 50㎠ で7g重/㎠でした。つまり1㎠当たり7g重の力がかかっていると理解できます。

今は、質量350gの物体が面に及ぼす力の大きさは3.5Nです。底面が何㎡かというと、0.05m × 0.1m = 0.005㎡ です。
3.5N ÷ 0.005㎡ で計算されます。答は700Paです。

つまり1㎡当たり700Nの力が働いているということです。かなり煩わしい計算をして、ピンとこない答えが正解となります。

この改変は国際単位に早くから馴染ませようという目的でなされたものと思いますが、しかしどうですか、学ぶ者を遠ざけていませんか?

学ぶ者からすると、身近であるべき物理が、十代半ばで遠くに行ってしまったという印象を持ちませんかねぇ?
心配です。

同じことが熱量の単位でも起きていますが、その説明は次回に回すことにして、取り敢えずこれにて投稿しておきます。

ご感想をお聞かせいただけましたら幸いです。


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ゆとり教育の正体は? [教育関連]

今日は教育のことを少々書こうと思います。

少々と言っても教育は大テーマです。教育と一口に言いますが、家庭での教育、学校での教育、その他地域社会やメディアでの教育などがあります。

教育が行われる場所が様々なうえ、胎教から始まって、幼少期、青少年期、生涯学習に至るまで年齢による違いもあります。

教育を問題として考察するときには、どの場所のどんな発達段階の、どんなことを取り上げようとしているのかを明確に意識して取り掛からなければいけません。

当然、あちこちに様々な問題があります。ですから、教育問題については、まずはマップが、地図が必要です。

ここの問題について考えますよ。この問題を解決するには、こういう対策を取る必要があるのではないでしょうか、と提案することが教育問題への正しいアプローチではないかと思います。

冒頭になぜこんなことを言わなければならないかというと「これは教育問題だ」と社会が感じると、目がすぐに学校教育に向けられる傾向があるからです。向けられた学校は、それは家庭や、地域、社会の問題だろうと突き返すことはしません。

教育を一手に引き受けているという自負があるからでしょうか、教育上の問題と指摘されると、文科省の指導のもと、学校教育の中で改善策が考えられ、実行されます。

例を挙げますと数年前まで実施されていた「ゆとり教育」です。Wiki に依りますと

ゆとり教育(ゆとりきょういく)とは、日本において、1980年度(狭義では2002年度以降)から2010年代初期まで実施されていたゆとりある学校を目指した教育のことである。

とのこと。

内容は知識偏重、暗記重視の詰め込み教育をやめて、ゆとりを持って自分で感じ考え表現する力をもっと育んで行こうとするものでした。

具体的には学校で実施していた業者テストとそこで出される偏差値による進路指導をやめること、学習内容を減らすこと、総合学習の時間を設けるなどして生きる力の育成を図ることなどでした。

なぜこのような教育改革が行われたかというと、小・中学生の勉強が業者テストや入学試験対策に向かいがちで、塾通いが過熱していると思われたからでした。

生徒の学力を業者テストの偏差値で輪切りにし、それによって進路指導が行われていることは、学習指導の主導権が業者に握られていたようなものです。

これではいかんと気づいたのでしょう、改革が始まりました。まずは、業者テストと偏差値が悪者にされ、学校現場から追放されました。

安易に頼り過ぎた学校側の姿勢が悪かったということでもありそうですから、その姿勢を静かに改めれば良かっただけのこととも思われますが、とにかく連日新聞記事を賑わせながら、一大教育改革として、業者テストと偏差値の姿が学校現場から消されました。

ここには公立高校の入試問題のあり方、中学校の進路指導のあり方、進学を目指す普通高校への進路希望の集中=専門高校への志望の減少、塾に通わせる家庭の志向、社会や家庭、学校がもたらすべき価値観多様化の不足など、様々な問題があったのです。

学校が業者テストをしなくなり、偏差値を進路指導に用いなくなり、学習内容を減らせば問題が解決されるという問題ではありません。

業者テストは学校外で元気に生き残り、偏差値は元々便利で客観的な統計上のツールですから、合否の目安として活躍し続けました。

進路指導や高校入試の問題はなくなるはずもなく、依然として、十五の春を悩ませています。

学習内容の減少は、ゆとり世代の学力不足として懸念され、今はどんどん増やされています。

こういうことがあるので、教育問題マップを作り、個々の問題にきめ細かく対処法を検討していく必要があると思うのです。

さてその中で、理系不足、理科離れの一因として、中学校の理科を取り上げたいのですが、お固い話をくだくだと続けて来たので、今日はもうやめようと思います。続きはまたの機会と致します。

で、脱線します。
この頃、記事の更新が極めて少なくなりました。パソコンが故障してしまって起動しなくなり、スマホからの投稿になったことが第一の原因です。

パソコンについては「使っていないノートがあるのでどうぞ」とくださった奇特な方がいらっしゃるので、ほぼ使えるようになっています。しかし前のパソコンに入れてあったデータが取り出せないことに変わりはないので、まだ落胆が残っています。

暮には、家でスマホを使うことが多いので、家族のこともあり、光回線を入れることにしました。先日、外線工事も終わり、光が使えるようになりました。

パソコンは使えるし、光は入ったし、どんどん更新すれば良いのですが、実はもう一つ困ったことが起こっているのです。昨年末から愛用のコンパクトカメラが行方不明なのです。

これがあれば元気百倍なのですが、どこに潜ってしまったのかなかなか出て来ません。代わりのカメラはあるのですが、中身に未練があるのです。

というわけで珍しく鬱が晴れない momotaro ですが、ま、諦めればいいだけのことですから、遠からず元気が戻ってくるでしょう。

長々つまらぬことを書いてしまいましたねぇ
お付き合いいただいた方には心よりお礼を申し上げます。

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立憲民主党を中心に・・・ [日本考]

新年も、はや3日が過ぎました。まだ過ぎたばかりですが。ブログの方は今年初です。

何をしてたかって?
暮にしそびれた片付けごとと、年賀状のお返事書きと、義兄の訪問と、留守がちな一家なので洗濯物入れとか・・・ロクなことはしてませんねぇ

片付けごとは身の回りの引き出しや引き出しから溢れた散らかりですね。主に郵便物やポスティングの広告、パンフレットの類ですね、物は。その都度やればいいのについ溜まってしまいます。

ゴミと資源紙と保存物に分けます。時間ばかりかかって量的にはあまり進みません。
情報のやり取りが電子でできるようになってペーパーレスになるかと思ったら全然なりませんね。不要な印刷物がなんと沢山あることか!読まずに資源紙として束ねるものが山とあります。

年賀状は、年末にやっと用意することが多いのですが、今年はパソコンが壊れ修復している暇がなかったので、用意すらできませんでした。

ということは、今年はお返事専門です。元旦はいただいた分コンビニに賀状を買いに行って、昔使ったゴム印を引っ張り出してきて押して、それぞれに返答を書いて・・・なんてやっていると結構時間がかかるものです。書き終わると本局まで、寒い中を歩いて10分、出しに行ってきます。

今日(3日)いただいた分は、コンビニはもう売り切れていたので本局に買いに行って、それから押して書いて、また歩いて出しに行ってきました。車で行けば速いし寒くないのですが、局前が車でいっぱいで停め場所がないことと歩きたい願望があるためです。1日8千歩くらい歩きたいのですが、冬場は寒くて5千歩以下になりがちなんです。

お正月留守番が多いのは、普段は二世代同居で賑やかなのですが、お正月休みぐらいは自分たちの家で過ごそうと、娘と孫が帰ります。普通の家と逆ですね。家内は、家内と呼びにくいので「カミさん」とか言ってますが、お出かけ好きですから、初詣を複数回やります。

そんな生活をしながら、今年は大事な年、いよいよ正念場だなぁ、どうしたらいいだろうなどと思いを巡らせてはいます。

勝負は理屈ではありませんからね、選挙区ごとに具体的に勝たなければいけません。そうなると、野党は大同団結して与党候補に対する対抗馬を立てなければいけません。参院選はあることが決まっているわけですから、今から候補者を決めて応援体制を固めていく必要があります。

野党共闘の軸は立憲民主党だと思うのですが、歴史がありませんからね、地方の支部がまだまだひ弱です。当地も、市会議員の一人が立憲民主党員なだけだと思います。

よーし、この議員さんを応援して、活動を活発にしてもらうことにしよう、などと今年の抱負を練ったりしています。

みなさまも今から統一地方選や参院選の体制作りに関心を寄せていただければと思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

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