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「美しい国へ」安倍晋三評⑤ [人間考]


 第三章は「ナショナリズムとはなにか」である。あれ、前の章は何だっけとページをめくり戻してしまった。そうそう「自立する国家」であった。安倍氏にしても中曽根・石原両氏にしても「コッカ、コッカとうるさいなあ」と感じていた矢先である。さすがに「国家主義とはなにか」とは書き出せず、ナショナリズムとカタカナで和らげたつもりなのだろうか。それにしてもナショナリズムが好きな方である。だいたい国家などという、持ってまわった言い方自体が国家思想の押し付けではあるまいか、「国」あるいは「日本(の)国」でいいではないか、英訳すれば《nation》か《state》か《country》ぐらいにしかならないのだから…などと考えていたところであった。
 この章には次の見出しが並ぶ。内容を要約する意欲はすでに消失してしまったので、読者のご想像にお任せすることにしたい。

「日本が輝いたとき―東京オリンピック」
「移民チームでW杯に優勝したフランス」
「『君が代』は世界でも珍しい非戦闘的な国歌」
「イタリア系アメリカ人にとっての母国愛」
「米大使館人質事件が示したアメリカの求心力」
「『ミリオンダラー・ベイビー』が訴える帰属の意味」
「『地球市民』は信用できるか」
「郷土愛とはなにか」
「曽我ひとみさんが教えてくれたわが故郷」
「『偏狭なナショナリズム』という批判」
「進歩主義者のダブルスタンダード」
「天皇は歴史上ずうっと「象徴」だった」
「国民のために祈る天皇」
「『公』の言葉と『私』の感情」

 細かいコメントは省いて、本章の終わり(たぶんまとめ)の部分だけを取り上げようと思う。その部分は
「六十年前(本書の出版は2006年である)、天皇が特別の意味を持った時代があった。そして多くの若者たちの、哀しい悲劇が生まれることになった。」で始まり、それに続いて「知覧の飛行場から沖縄の海へ飛び立っていった陸軍特別攻撃隊…鷲尾克己少尉の二十三歳のときの日記の一部」が引用される。

「《如何にして死を飾らんか
  如何にしてもっとも気高く最も美しく死せむか
  我が一日々々は死出の旅路の一里塚
   (中略)
  はかなくも死せりと人の言はば言へ
  我が真心の一筋の道
  今更に我が受けてきし数々の
  人の情を思ひ思ふかな》(神坂次郎著『今日われ生きてあり』新潮文庫)」

 そして特攻隊の若者たちの心境を次のように解説している。「この戦争に勝てば日本は平和で豊かな国になると信じ」て、父母や兄弟姉妹や、友人、恋人を「守るために出撃していったのだ。(と語る人が多いが)わたしもそう思う。だが他方、自らの死を意味あるものにし、自らの生を永遠のものにしようとする意志もあった。それを可能にするのが大義に殉じることではなかったか。彼らは『公』の場で発する言葉と『私』の感情の発露を区別することを知っていた。死を目前にした瞬間、愛しい人のことを想いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである。」そして
「今日の豊かな日本は、彼らがささげた尊い命のうえに成り立っている。だが、戦後生まれのわたしたちは、彼らにどうむきあってきただろうか。国家のためにすすんで身を投じた人たちにたいし、尊崇の念をあらわしてきただろうか。」と続く。

 特攻隊の若者の心境の解釈は全く間違っていると言わざるをえない。人は、どんな状況にあっても、意味ある、納得のいく行動をしたいと思うものである、しらふである限り。九死に一生すら望みえない、死することが目的の行動を取らざるをえなくなった青年が、追い詰められた状況で、自分の行為の意味を問う。《どうやって自分の死を飾るか、どうすれば最も気高く死ねるか》と。《自分の死をもってする攻撃が、愛する人たちの命や生活を、そして国の存立を守ることにつながるもの》と確信できれば、彼の問はそれで終わっていただろう。そんな状況にあっては、それは十分気高く美しい行為と得心できると思うからだ。
 だが、彼の問は日々続くのだ。《もしかしたら、これは犬死かもしれない、自分たちだけがはかなく散りゆくだけかもしれない、この死には、もしかしたら大きな意味がないのかもしれない。それでも、そんなことをこの期に及んで口にしたところで見苦しいだけだろう。自分は命(令)を受けて潔く任務を遂行する。自分に命令を下す組織の指示に、ただ真っ直ぐに従う。それは、今までこの国の人たちから受けてきた数々の情を思うからだ。》と思いを括ったのであろう。
 この終わりの部分だけを安倍氏は取り上げ、国家の命に従うことの美しさに、ことさらに共感しているのである。しかも、それを戦後生まれの日本人すべてに押し付けようとしている。
 こういう状況、こういう思いに、酔いたければ酔えば良いと思う。が、内閣総理大臣という立場の人に酔われては、まったくもって困る、不適切と言わざるをえない。
 何が不適切かと言えば、立場のある人が、青年の思考の美しさに酔っているどころの場合ではあるまいということだ。前途ある若者を(一生懸命育て、将来を期待し頼りにしている周囲の人たちが多数いる若者を)、こんな苦しい思考回路に追い込んだこと自体を、悲劇(=国策の過ち)と受け止めなければなるまい。《そこから脱出する心の支えに国家があった、国家というのは、こんな場面でも国民の心の救済につながる有難いものだ》という解釈は、まったくの曲解(ご都合主義、我田引水の最たるもの。言っている人の知性と良心が根底から疑われる曲がった解釈)と言わざるをえない。
 国は、国民の溌剌とした生涯を、できるだけ叶えようと、大がかりな仕組みを作り、大金を徴収して政をなしているのではないのか、少なくとも、そういう建前はあるはずだ。スポーツもそうだが、表彰台に日の丸を掲げるために国民にスポーツを奨励しているのか。そうではあるまい、国民の溌剌とした活動の結果が、そのような形に現れるのではないか。
 そのような本末転倒を随所に感じる。国民が先か国家が先かという議論も、にわとりが先か卵が先かと同じで、相一体をなしているのだから、議論をするだけ時間の無駄なテーマである。にもかかわらず、国家が先と頑強に思いこんでいる節がある。「国家があっての国民なのだから」という言い回しが随所に出てくる。元気な国民がいなければ、国家なんてあるはずもないのである。それに、国家の安泰と発展が至上の命題で、そのために尽くすことが国民生活の目的だとするようでは、他国との共存はどうなるのか、二の次か。自国の安泰発展ばかりを考えて他国と争っていられる時代は、すでに過去のものとなっている。人間が開発した武器の破壊力が大きくなりすぎた。情報通信機器の発達により、戦場は衆目監視の場となった。非人道的なことはできないし、やれば世界中で収拾がつかなくなりかねない。一国の行動に、人類文明の未来がかかっているのだ。間違いなく、世界があって日本国もあるのだ。国家のことばかり考えていられるか、国を通して世界の未来を考えるのだ! などと私は思うが、安倍さんは違う。安倍さんの本に戻ると、彼は読者に次のようにうったえて本章を終える。

「たしかに自分の命は大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ、ということを考えたことがあるだろうか。
 わたしたちは、いま自由で平和な国に暮らしている。しかしこの自由や民主主義を私たちの手で守らなければならない。そして、わたしたちの大切な価値や理想を守ることは、郷土を守ることであり、それはまた、愛しい家族を守ることでもあるのだ。
 この鷲尾克己少尉の日記の最後の部分は、とりわけわたしの胸に迫ってくる。
《はかなくも死せりと人の言はば言へ 我が真心の一筋の道》―自分の死は、後世の人に必ずしもほめたたえられないかもしれない、しかし自分の気持ちはまっすぐである。」

 ああ… 

              2014.8.31

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コメント 4

momotaro

トネノヒバリさんから下記のコメントをいただきました。「うまく載せられなかったので…」とメールが届きましたので転記します。

ああ・・・
ばかばかしい・・・

私は、伯父を第2次世界大戦(大東亜戦争)で戦死させられたものです。
遺された妻と娘にとって、どこに、夫や父の戦死の名誉があったのでしょう?!
国のために死することが、妻や子を守ることだとだれが本気で思ったことでしょう!?
生きて帰ってきてくれることこそ、まわりの親族にとっては、最高の幸せだったのです。
戦場に向かう一人ひとりが「生きて帰ってくる」と誓って戦場に向かったのです。
遺族には「生きて帰る」ことこそが名誉でありました。

安倍総理は敗戦責任内閣閣僚の御孫さんゆえの事情もあってこうなるのでしょうか?
戦死を美化せざるを得ないのでしょう。
靖国参拝にしても、「命を下した」戦争責任者と、「命によって戦死せしめられた」多くの御霊とは、遺族にとって明確に相違があるのです。

「生」を選択できて生きながらえることができた者に、
戦死した御霊を美化する資格があるのでしょうか?

遺族の悲しみに逆行するものです。

ああ・・・
ばかばかしい・・・
総理の座に甚だふさわしくない人です。     by トネノヒバリ

by momotaro (2014-09-01 17:39) 

SUN  FIRST

momotaroさん

「敗戦国日本の総理の座にはふさわしくない人です。」
が正解ですかね。

遺族の悲しみに逆行するものだというのが、
一番の述べたい心情であります。

by SUN FIRST (2014-09-02 12:39) 

SUN  FIRST

momotaroさま

先ほどコメントしましたが、また、消えてしまいましたか?

総理の座に甚だふさわしくないひとです。

とまでは言いません。
by SUN FIRST (2014-09-02 13:04) 

momotaro

SUN FIRST さま
コメントありがとうございます。良いお名前ですね。
燦Q
by momotaro (2014-09-02 15:44) 

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